失われた命に政治は応えよ!
by otajcpitabashi
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大田伸一のプロフィール
 1953年1月、北海道生まれ。東京都板橋区前野町在住。日本共産党東京都板橋区区議会議員6期。企画総務委員。


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日本共産党板橋区議団

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板橋区集会所などの廃止を発表

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# by otajcpitabashi | 2015-06-11 15:42

ミッション・クリープ

そろそろ喪もあける。区民税の均等割を現行3000円から3500円に引き上げる条例改正が行われる。理由説明は、「東日本大震災からの復興を図る目的として緊急に地方公共団体が実施する防災のための施策に要する費用の財源を確保するため、臨時の措置として平成26年度から平成35年度までの間、区民税の均等割の税率を引上げる。」というもの。センテンスが長いのは役所の癖として、この発想は、自分の安全は自分で金を払えというものだ。全国の納税者6000万人を対象として投網をかける。板橋区でいうと納税者27万人×500円で1年間1億3500万円を10年間「特例」として強制的に払わせる。
 それで、本当に防災施策に使われるのかというと、一般財源であるから防災に使わなくても構わない仕組みだ。これでは昔の1億円を全地方自治体にばら撒いたことよりも質(たち)が悪い。さらにそれで、防災施策は平成23年から平成27年度の5年間で行えというから、お金が入る前に仕事を済ませろと言っているようなものだ。結局多くの自治体は、「財政困難」を強いられているから、5年間の集中期間に財源なしで仕事は進むのかといいうことになる。後からお金が入るじゃないか、というのは借金のススメ。それに、納税者の数が少なくても、災害は自然環境に左右されるから安上がりにできるというものでもない。同じ発想で、消費税の大増税は、「福祉の財源は国民がやりくりすべきものだ」という。しかし増税後は、福祉には使う気がない。なし崩し的に国民負担を増やす範囲を広げ、社会を破壊しながら、何ひとつ希望をつくらない。ミッション・クリープである。
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# by otajcpitabashi | 2012-06-04 17:27 | 政治一般

小野修悦さんさようなら

小野修悦さんは行動の人であった。1949年山形県舟形町生まれで、岩手大学在学中に東大闘争支援のために上京し、思うところあって中退して、一時伊豆の旅館で住み込みで働いたという。1972年の沖縄返還の直前に沖縄に渡り10年、そこで結婚し再び上京した。検査技師の資格をとり、組合の委員長でもあった。日本共産党の区議会議員になったのは1991年のことである。彼は、先頭にたって頑張らなければ気がすまないたちであった。そしてまた、実に人への面倒見が良かった。ある時、議会の視察で鹿児島市に行った折に、お土産として地元産の黒豚肉を大量に買い込み、「小料理店をやっているいい奴がいるんだよ。あいつが喜ぶ顔がみたい」と嬉しそうに話していたことを思い出す。またある時は、他人の借金を長きに渡って返済した。「やっとおわったよ」、と言ったがそれは彼が責任を負う返済ではなかった。ギターと歌を愛しラーメンが好きで人が好きだった。彼もまた、生きている時の長さを、立ち止まったり、思い切り走ったり、繰り返したりしたが、その生き方は自らの決断の結果を積極的に背負うとする独立の精神に支えられていた。自宅で家族と上京したご両親に看取られ、8月16日に亡くなった。意識が朦朧とするなかで、しきりに故郷に帰りたいと言ったという。荼毘にふされ故郷に帰った彼は、いま田んぼの中の墓に眠っている。秋には小金色の稲穂が彼をつつむだろう。
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# by otajcpitabashi | 2011-08-24 18:41

陸前高田にたって

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4月28日から30日にかけて、岩手・陸前高田に支援物資をとどけ、手が届きにくい被災者の方々へのお宅を一軒づつ訪問して、要望を聞いて回った。前日に息子夫婦の結婚式があり、その日に二人とも命を落とした夫婦の話も聞いた。水は日に2回給水車が回ってくるが、お風呂に入る量はなく、50日間入っていないという方々がほとんどだった。
2月まで市長だった中里さんの話も聞いた。陸前高田は市街地が全滅。現市長も奥さんを失っており、市の職員の4分の1が犠牲になっている。訪問した被災者が「わざわざ遠いところから来てくれてありがとう。私たちはどんな恩返しができるだろうか」という。私たちに言葉はなかった。
小さな市だが、住民によるまちづくりをめざして積み上げてきた。肉親も家もすべてを失った人々に、「復興」を支援するなら、悲しみの中にいる被災者地震の「復興」への思いこそすべての始まりになるのは当然だ。
だが、阪神淡路大震災の「復興」のスローガン、「単なる復興ではなく創造的復興を」という言葉が、菅首相から同じ言葉で発せられた。「創造的復興」の帰着は、被災者が追いやられ、孤独死をうみ、そのかわりに大規模開発が跋扈した。被災者の悲しみを新たな儲けの対象とする、その精神の荒廃ぶりは現政府の「復興」の根本を象徴している。言葉にできない悲しみを、無念を、「天災」の言葉の中に埋め込むのだ。
政府は間違いを起こす。だが間違いに気がつかずに、過ちを隠し、仕方がなかったというのは、無責任ということなのだ。津波の濁流の中で、一瞬に、身体がばらばらに引き裂かれた人々が、今は言うはずもない人々が、聞こえぬ声を聞いて欲しいという声を聞かなければならないはずだ。軽々しく「大震災を乗り越える」などといってはならない。亡くなった人々への思いからすべては始まっているのだから。
今日、東京新聞で、中部電力が浜岡原発の停止を、コストの面から留保するという報道があった。会社のコストと比較されるのはなにか。東京電力と同じ体質をみた。未来は企業のためにあるのか、日本社会の本質的な問題が提起されている。

追記
9日の報道では、中部電力の言い分として浜岡原発を止めるにあたって、大地震・津波への新た施設整備費は政府の負担を求めたい。2年ぐらいで原発再開の際には、政府の「もう大丈夫」のお墨付きで国民を納得させてほしい、という。これって、「とばっちり感覚」そのもの。この際、みんな税金でやっちゃえぇ、止めたくないのに言う事きくんだから、政府は責任とれよぉという「開き直り感覚」もついている。こういう感覚の経営者の方々に「安全」を求めていいのだろうか。
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# by otajcpitabashi | 2011-05-09 00:11 | 政治一般

私はこう考えます その1

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# by otajcpitabashi | 2011-03-24 18:54 | 板橋区の政治

区役所「改築」計画の問題点

 「改築」計画の問題点の第一は、区民に対する説明のあり方である。「改築」を「決定」したとする「広報」には、低いIS値のみを述べてコンクリート強度について述べなかった。コンクリート強度が十分ならば耐震工事計画も可能である。「広報」には、あたかも「改築」計画が唯一の選択肢であるかのような記述がなされ、区民には「お知らせ」するにとどめた。一方の事実を述べて他方の事実を述べず、巨額の経費を要する「改築」を区民に押し付けるのは、区民に対して公正な態度ではない。また費用についても南館改築経費のみを記述して、区民にはより過少な金額を示している。地方自治の運営は住民自身の責任において、民意に基づき民主的に行われなければならない。もっとも批判されなければならない点である。

 第二に議会軽視である。「区役所」は地方自治法において「法人格をもつ地方公共団体の事務所」と定義されており、公の施設と異なる。議会は普通公共団体の事務所に置かれ、二元代表制のもと、長と対等である。区役所=地方公共団体の事務所の改変については議会にも提案権があると解釈するのが妥当である。過去に北館の新築に際して議会と対等の協議機関を設置した事実に照らして、今回議会を単なる意思決定機関として扱っているのは、まったく承服できない。

 第三に、区の財政運営における優先課題との関係についてである。「改築」すれば広くなり耐震もあり長期的にみれば効率的であるというのは、ある意味自明なのであって、それを理由に「改築」を決めるのは、不況と暮らしの不安に苦しむ区民の実際を考慮の外においていると言わなければならない。財源不足を理由にギリギリまで多くの事業を縮小・廃止しながら「改築」を区政運営の優先課題とするのは、ハコモノ優先というべきである。

 第四に「改築」計画の内容がズサンであることである。北館改修を含めた総費用額を示さず、計画を進める強引さは区民納税者からみても異常と言わなければならない。また教育センターを入れる問題についても、関係者との十分な協議が必要だったはずである。こうした最低限の準備さえ行えず、「改築」に走り出すことは区民の批判を免れない。
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# by otajcpitabashi | 2011-02-25 17:50 | 板橋区の政治

そこまでやるか「板橋区経営革新計画」ってなんだ。

板橋区政は、これからどんな方向に進もうとしているか、という話です。

板橋区政はこれまでも、企業経営のように自治体行政を行うのが「時代の流れ」だとして、正規職員の削減をはじめ、福祉や教育分野さえ営利企業への委託の導入を進めてきました。そのため、板橋区みずから大量の官制ワーキングプアを生み出すことさえ、構いませんでした。予算の削減の方法も、乾いたタオルをしぼるようなものだ、と現場の職員から声があがるほどです


2011年度から、さらに徹底した「企業経営」的やり方に・・・

「公共サービスの民間開放」

「大量定型的業務」の委託範囲を抜本的に拡大する。
 「大量定型的業務」とは、誰でもマニュアルに従ってできる仕事のことです。板橋区は、保育園でさえマニュアルでできると考えているようですから、ほとんどの仕事が対象になります。すでに図書館は民間企業が派遣労働者を使って運営しています。

「公共施設配置の見直し」

施設の有効活用によるテナント収入などの確保、施設整備計画の策定
たとえば、それぞれの地域にある地域センター、いこいの家、コミュニティホール、区民事務所を一ヵ所に集めてビルを建てる。一等地に建てる場合は、1階をテナントにして区の収入にします。廃止した施設は土地を売却して区の収入にします。
 板橋区は、経費削減という理由で、出張所を強引に廃止して区民の批判を浴びました。今度は身近にある施設を潰して、「効率」よく収入を増やすというものです。

「類似・重複事業の整理・統廃合」

公益法人や都・国の実施事業との重複状況も含め、類似・重複する事業の整理・統廃合。行政需要が低い事務事業の即時中止。
東京都や国の事業と重複する事業はやらない、という意味です。しかし、実際には都や国が行う事業内容では、あまりにも不十分なので板橋区がお金を出して充実させている場合があります。それはやめるということです。また、何をもって「行政需要が低い」事業とするのがあいまいで、必要な施策も切り捨てられかねません。

「公益法人改革への対応」

区の補助金や業務委託について、その必要性、経済性に配慮しながら進める。組織存続の意義も含めゼロベースで見直しを行うことも必要。
採算性や効率性を最優先で見直しをするということです。確かにあまり必要性のない補助金などの見直しは必要ですが、採算性や効率性だけで大なたを振るう可能性も否定できません。

「事業の見直し」

事業を計画する段階で、常に事業廃止を可能とすることを前提とした仕組みの構築。各種団体への助成の見直し。
たとえば、保育園をいつまでにどのくらいつくるか、などの「計画事業」とは板橋区が区民に約束した事業のことです。上板橋駅南口再開発事業などは、実現の見込みがないのに20年間に約5億円の税金を投入して、破綻しました。こうした事業の見直しは、もっと早く決断すべきでした。
 しかしこうした事業は例外で、ほとんどは区民生活にかかわる大事な事業計画です。それを「廃止」を前提にすると、中長期的な計画が立てられません。また、各種団体への助成の見直しは、営利企業の邪魔になる活動をしている団体には助成しないということになりかねません。さらに利用する区民の負担を増やすことにつながります。

区民に求められているのは、「自己責任」と「区への協力」

板橋区はいま、地域の自治力を高めるという理由で、区内を18ヵ所に分け、「地域会議」(町会・自治会、商店街、企業、NPO・ボランティアなどで構成)をつくろうとしています。住民自治を強めるためというより、区の仕事を減らして経費を抑え、自分たちのことは自分たちでさせようという考えです。
 区の仕事の多くを企業や団体に任せ、地域のことは区の方針にそって区民がやればいいというのでは、板橋区が地方自治体の責任を果たしていると言えるのでしょうか。
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# by otajcpitabashi | 2011-02-16 20:04 | 板橋区の政治

また逢いましょう美しき人よ

d0045422_20435554.jpg「新・安里屋ユンタ」は1934年につくられた「新民謡」として、全国的に大ヒットしたそうだ。元歌は、琉球王国時代の竹富島に実在した絶世の美女・安里屋クヤマと、一目ぼれした王府より八重山に派遣された下級役人とのやりとりを面白おかしく描く。18世紀の八重山では庶民に過酷な人頭税が課せられており、庶民が役人に逆らうことはできなかった。そんな中で、クヤマが求婚を撥ねつける気丈さは、反骨精神の象徴とされたそうだ。
ところで、「新・安里屋ユンタ」の歌詞にある、マタハーリヌ・チンダラ・カヌシャマヨ(表題)を、当時有名なドイツの女スパイ「マタハリ」にかけて、「マタハーリの死んだら神様よ」と言い換えて歌って評判になった。それは太平洋戦争にあっては、「死んだら神様よ」と全国に爆発的に広がった。八重山の古語で「また逢いましょう美しき人よ」、そしてインドネシア語で「太陽は我らを等しく愛する」という意味も込められると言う。(「うまんちゅ沖縄芸能研究会」より)
戦争で死なされる運命を背負う兵士が口ずさんだ言葉は、反骨精神の象徴であり、美しい人への思いが込められ、人々が等しく普遍の愛を受けなければならない、と意味が隠されていた。
それにしても、この泡盛をかかえた、たぶん酔っ払いのシーサーは最高さぁ。
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# by otajcpitabashi | 2011-01-19 21:03 | 文化・芸術

断筒零墨にあらず

「男女平等参画社会実現のための第四次板橋区行動計画」(いたばしアクティブプラン)についての報告が議会で行われた。この計画の「めざす姿」は、Ⅰ「男女平等参画」の意義を広く理解し、行動に結びつく社会、Ⅱ生涯を通じて男女が個性と能力を発揮し、安心して暮らせる社会、Ⅲ男女が仕事と生活の調和を保ち活躍できる社会、Ⅳ男女の平等と人権が尊重される社会である。国際人権規約を法制化し、自治体に計画の策定を義務付けたものだから、推進しなければならない。
 がしかし、すさまじい勢いで貧困が広がっていることは、不平等が広がっているということであり、不平等のただなかにあればその声も力も奪われる。奪われた声は果たして行政に届くであろうか。不平等がなぜ広がっているのか、それを行政レベルで深く理解しなければ有効な施策には繋がらない。
 新自由主義の政治のもとでは、不平等は存在しない。市場で勝つも負けるも市場秩序においては平等である。それを一般の個人同士の関係に適用することで、「平等」が強制的に装われる。たとえば、本来無償であるべき教育費を、義務教育における保護者負担、公立高校での一部負担、私立高校への負担差別など、貧困とは関係のない教育に自己負担を制度として持ち込むことで、私的所有の多寡しだいで教育内容に差が出ることを正当化する。たんなる個別の応益負担によって市場化され、制限された権利が十分な「権利」として扱われる。
 若い議員が、この計画には専業主婦についての記載がないのは問題だと質問していたが、それはこの課題をどの視点から考えるか、という認識がないに過ぎない。日本は国際人権規約の実現、不平等の克服を、新自由主義の器に入れようとしている。器こそ変えなければならない。地方自治体には地方自治体の器がある。断筒零墨において行うのではない。地方自治は未来を変える力をもっていることを、思い出す。もうじき、都知事選挙がある。かつて住民が、心が弾む政治に沸いた時代をもう一度。
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# by otajcpitabashi | 2011-01-19 20:16 | 板橋区の政治

沸き立つように 仕事よ 起これ

 私が親しくさせていただいている方は、木造平屋に住んでおり玄関の戸がガタピシしながら開けるぐらいの古い建物です。小さな三和土からすぐ居間があり、そこに長く寝たきりの娘さんがいます。70半ばのお母さんに「大地震が来たらどう逃げるのですか」と尋ねると、「逃げません、娘といっしょに死にます」と真面目に答えてくれました。
 命の比較はできません。行政が命の安全のために役所を耐震工事します、というのは理解できます。しかし、耐震工事より「改築」する方が将来的に効率がいい、というのはどうでしょうか。一方では万が一には、娘とともに命を捨てる覚悟の人がいる。一方では命の安全のために、そしてついでに立派にして改築をしたいという人がいる。
 区役所は古くてもコンクリート強度が大丈夫なので耐震工事が可能です。他の区のように耐震工事で済ませて、住民の住宅改善に多くの税金を使ってはどうでしょう。板橋区では、昭和56年の新耐震基準施行以前に建設された住宅が、29.6%占めていますよ。耐震診断や工事が必要だと思っている人は61.5%いますよ。でも耐震診断でさえ12.9%の方しかしたことがありません。理由は58.3%の方が、費用がかかりすぎるというのが理由です。最低居住面積水準未満の世帯は、当然、耐震性がありません。民間の借家で、36,830世帯、36.9%を占めています。東京都が「地域危険度」が高いと公表している地域も明確にされています。
 耐震診断を無料でおこない、100%補助を含めて資産に応じた助成制度をつくってはどうでしょう。あわせて、小規模の住宅改善事業も創設して、申請が簡易で、2分の1から3分の1の補助をしましょう。命を守る仕事を増やしで、同時に街の仕事を思いっきり増やすことにしましょう。
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# by otajcpitabashi | 2011-01-19 19:14 | 板橋区の政治

さらなる「電子区役所」へ巨額の経費

板橋区は平成23年度から27年度にかけて、47億円をかけて機関的システムの再構築(オープンシステム)を行うと発表した。従来の汎用機の使用とあわせて構築するため、この5年間の経費は77億円に達する。
このシステム変更は、国の「新たな情報通信技術戦略行程表」に沿うもので、これによって、運用経費は10億7千万円から6億7千万円に削減できるとする。また、業務系職員を半減させ、委託業務に回す。住民サービスの向上については、コンビニでの証明書の発行、自宅のパソコンから地方税なども申告できる等だが、多くはない。発生会計主義による会計システムにより、いっそう地方自治体そのものが民営化するかのようである。
このシステムによって、政策形成能力の高度化、生産性・創造性の向上を図るというが、それは企業の販売促進のうたい文句である。必要経費への国の補助はない。
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# by otajcpitabashi | 2011-01-19 14:36 | 板橋区の政治

住民からのお願い「こっち向いてホイ」

東京都の「基金」は約4兆円。東京23区では900億円も「基金」をもっている区もある。(板橋区は約500億円)「基金」は歳入と歳出の差額を積みあげる。歳出とは行政需要にあてる費用などであるから、これを上まわる歳入分が「基金」となる。東京23区で歳入が増えたのは、大企業を中心に収益が上がったからで、それは人件費の切り下げによることが大きい。東京都はそこから法人税をとって、そのうち55%を23区に配分する。労働者の首切りによる収益が回ってきたようにも見える。
 地方自治体の財政運営と企業のそれとの違いは、前者は住民サービスに必要な費用を算出し、そのうえでこれを満たす財源をどのように調達するかを考えると、かつて考えられた。後者はまず、収益の目標を決定し、そのために必要な経費を算出する。収支のバランスがとれないと企業は立ちゆかなくなるから、経営者は収支のバランスを第一義的に考える。したがって、経費を低くするほど収支のバランス・ラインは下がり、収益が増大する。株主への配当を増やし、役員の報酬を引上げ、余った分が「内部留保」となる。
 23区の自治体は、企業のように財政運営をすることが時代の「流れ」だと競いあっている。だからまず、自治体運営の基本は人件費の削減にある。住民サービスを充実させるには熟達した人材が必要だが、それでは人件費を削減できない。そこで本来、熟達した能力が必要な仕事でも、マニュアルで可能な仕事として民間企業などに、区がこれまで出してきた人件費の6割で「払い下げる」。これで経費を削減し、ついでに住民に対する直接的な責任からもまぬがれてしまう。
 企業の「内部留保」のように積み立て「基金」は増大した。「基金」は住民の暮らしの向上に使うべきではないか。「内部留保」は労働者の賃上げに使うべきではないか。この二つの質問の答えはひとつ。「将来の不安に備えるため」に必要だと。・・・
 「将来の不安」とはなにか。それは、収支のバランスが崩れる不安のことである。税収のうち住民が払う税金と法人が払う税金の占める割合は非常に大きい。恐慌不況を食い止める政治がなく、二つの税収がずるずると減っていく。このまま続けば現在行っている住民サービスもできなくなるかも知れない、「基金」はいざというときに備えるためにあると説明される。多いほど安心なのだから、「基金」をさらに増やすことが望まれる。そのためには、さらに経費の削減が必要になる。そこで、自治体の仕事の9割ぐらいはマニュアル化して「払い下げ」してもいいのではないかと考えるようになる。
 「基金」は、いま、暮らしや仕事に困っている人のために使うものではない。「将来の不安」に備えるためにある。住民サービスは、民間や企業が引き受ける。こうして「基金」は、将来の不安を抽象化して、目の前の開発事業に惜しげもなく費やされることになる。(板橋区は、区役所南館の建て替えを再度、決定した。そこに20億円~38億円の「基金」が投入される。)
 財政運営効率のあくなき追求、それを自治体運営の唯一の価値とする。そこに精神的貧困がある、と私は考える。
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# by otajcpitabashi | 2010-12-02 18:29 | 板橋区の政治

威圧

富弘美術館に行った。紅葉は終わりかけで、陽だまりの心地よさがあり、遠くにススキがある。口に筆をもち詩画を描くこの人の処へ来たのは数年ぶりになる。開館20周年を記念した美術館のテーマは「ささえられて」。館内を歩くとこの人が出会い、文字通り支えられて、人を魅了する詩画にいったのだと納得する。
いかに強靭な精神の持ち主も一人で生きていくことは難しい。芭蕉は風雨に抵抗しがたく破れるこの植物の名を俳号としたが、彼の周りには支える人々がいた。人々は支えられ、支えて生きていく。国と国との関係もそうであれば。・・・
自国の都合のみで暴走すれば未来は予測しがたい。無法な軍事行動に対して、圧倒的武力の威圧をもって応えるのは、本当に平和につながるのか。許しがたい武力行使に対抗する「正義」の武力行使は戦争を辞さぬということ。善悪の論ではなく、国家を個人に優先する論は両者に同じとは言えないか。まして当事者ではない日本国が軍事的危機を煽り、国民に対して、軍事力強化は当然だという与件を与えるのは、憲法9条にてらして考えてみる事柄に違いない。
漱石の『夢十夜』。自殺願望の人間が船の甲板から足が離れたとたん、「よせばよかった」と思いながら落ちていく。もう後戻りはできない。予測できることを予測しようと考えないのなら、未来は予測しがたい。
富弘美術館は詩画を通じて「やさしさ」を集約する。「やさしさ」は人と人とが結び合う絆。一人の「やさしさ」は広がって、広がって社会全体の、それぞれの国の「やさしさ」になる。そういう社会を現実にめざすことを宣言した。それが日本国憲法第九条なのだ。

カン・ウンギョ作 
茨城のり子訳詩

『林』

一本の木が揺れる
一本の木が揺れると
二本めも揺れる
二本めが揺れると
三本めも揺れる

このように このように

ひとつの木の夢は
ふたつめの木の夢
ふたつめの木の夢は
みっつめの木の夢

一本の木がかぶりを振る
横で
二本めの木もかぶりを振る
横で
三本めの木もかぶりを振る

誰もいない
誰もいないのに
木々たちは揺れて
かぶりを振る

このように このように
いっしょに
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# by otajcpitabashi | 2010-11-30 17:23 | 平和

既知数の行方

久しぶりの雨で、昼食をとるため店に入る前に傘たてに傘を入れた。支払いを済ませて店を出ると、傘たてに自分の傘が無い。それほど店は混んでなく、私の前に店を出た客はいなかったから、誰かが間違えて持っていったとは考えにくい。外は大雨。しばらく立ち止まって傘たてを見ていてフト、気がついた。傘たてのそばに「傘をご自由にお持ちください。都合のいいときにお返しください」と立派な張り紙があった。ごく自然に客用の傘たてが店先にあって、通りがかりの人が、そこにある傘は店のサービスでご自由に持っていっても、いいと考えたのかもしれない。きっとそうに違いない。私の傘は店のサービスに利用されてしまったのだ。
 人は誤解しやすいものだ。みんなの党が参議院選挙で主張したのは、議員定数削減で人件費を削れば財政再建が可能だということだけだったが、800万票を得た。1兆数千億円で財政再建も景気回復もばら色になると思わないが、人は誤解した。詐欺的手法に真面目な人ほど騙されやすいというではないか。
 財政再建が声高に言われるようになるのは、法人税を減らして歳入を減らし、歳出を赤字国債で突拍子もなく拡大したからだが、ここでも誤解の仕掛けがある。歴代政府の失敗をのつけを国民が払うのは当然だという恫喝が、主権者の自己責任感にスルリと入り込む。国債の負担を世代間で分担するためにも、消費税増税しかないという議論もあるが、正確には国債利子の問題なのだから、国債残高の急増だけをみるのではない。超低金利のため、国債はこの25年、ほぼ10兆円前後のままだという。(安藤実・静岡大学名誉教授)
 安藤氏は、財政法第4条「国の支出は、公債又は借入金以外の歳入を以って、その財源としなければならない」と規定し、公債発行の原則禁止としていることは、「健全財政主義」を守る義務を課していることで、憲法第九条の戦争放棄を、財政面で裏付けることだと述べて以下の文を引用した。
 「この条項が厳として存在する限り、わが国は将来、戦争をおこし、またこれに参加することは、財政上の見地からもできないであろう。なぜなら公債の発行による資金がなくして、近代的戦争を遂行することは不可能と考えられるからである。この意味において、財政法第4条は憲法の基礎原理である平和主義を担保するものといえる。」(杉村章三郎『財政法』1959年)
 政府は真剣に「財政再建」したいと思っていないに違いない。軍事費も肝心なところは別枠で確保して、総額では増額しようという来年度予算編成過程をみても、財政再建は最優先課題ではない。
 まして家計の財政再建がまったく考慮されない政治なのだから、政府の財政再建論は信じるに足りないことは、言を俟たない。「わかっちゃいるけど、やめられない」が依存症の特徴だが、赤字国債の彼方に憲法改悪がある。
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# by otajcpitabashi | 2010-09-10 16:01 | 政治一般

CALAMUS FORTIOR GLADIO

表題はラテン語で「ペンは剣より強し」。ピノチェット軍政下のチリで、記者はこの言葉が刻まれたパッチを胸に、命がけで記事を書いていた。野中広務氏(小渕内閣の官房長官)が、「言論活動で立派な評論をしている人たちのところに、内閣官房費から盆暮れに500万円づつ届けること」について話している。今日から参議院選挙が始まったが、今日の朝日新聞の署名論説は劇場型選挙から熟慮型選挙を望み、「二大政党」拮抗が日本の政治にとってよいとする。「二大政党」が数の上で拮抗しても、消費税10%増税公約のようにまるで同じなら政治は一つの巨大政党による強権と変わらない。メディアが政府からお金をもらって、民主主義は「二大政党」制で本物になるとか、「構造改革」の痛みに耐えれば活力ある未来があるとか、「脱小沢」で民主党は生まれ変わるとか、「消費税が足りない」から社会保障が破綻するとか、およそペテンのような話がまことしやかに新聞、テレビでふりまかれる。これでは、ペンは権力に弱し、という国民にとっての悲劇的状況ではないのか。「デマは民主主義の仮面の下にもっともデマぶりを発揮する」という。菅首相が所信表明で述べた「健康大陸」「アジア経済戦略」「観光立国・地域活性化戦略」「科学・技術立国」「雇用・人材戦略」の柱立ては、4月に出された「経団連成長戦略2010」とその順序も含めて一字一句同じだ。消費税増税は、財界のために国民の生活を犠牲にするためのものとハッキリいうのが、ジャーナリズムの使命のはずだ。
サッカー・ワールドカップの対戦国デンマークの消費税率は17.5%だが、税収の中心は直接税であり、応能負担の税制と大企業の負担で支えられている。消費税率だけ比較しても意味が無い。デンマークの最低賃金は全国一律で、時給2,200円。東京は791円。消費税は社会的弱者にもっとも厳しい税制だが、本当の豊かさは弱者が感じる豊かさでなければならないという当たり前のことが、なぜ増税政治家は思い浮かばないのか。
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# by otajcpitabashi | 2010-06-24 15:22 | 政治一般

白雪と思い消ゆ。

もうすぐ参議院選挙だが、開票をおこなう会場経費が「事業仕分け」で、60%削減されたという。板橋区は選挙関連費として1億9千万円ほどの予算を組んでいたが、そのうち2,400~2,500万円は区の持ち出しになるという。国政選挙は、ほぼ100%国費で賄われるはずだが、仕分け人たちは正規職員が開票作業をするのは「ムダ」と判断したらしい。派遣労働者にさせれば経費が浮くと考えたのなら、国の責任も自治体任せの自助努力で補え、とういうことになる。投票を呼びかける啓蒙事業も縮小せざえるをえないなら、国民の基本的権利の基礎となる参政権さえ、仕分けされたようなものだ。公約違反という裏切りが国民に失望感を広げているが、つまるところ、民主党政権はいかなる問題も解決できないことを日々、証明している。もともと民主党は、マニフェスト万能論に立っていたはずだが、これを投げ捨てて「政治主導」という国会軽視だけが残る。
日本の戦後の保守の政治史は、くらしの将来に不安が大きい状況下で、金権問題による政治不信がひろがり、その危機回避のために竹の子新党がうまれ、離合集散してきた。
旧を忘れて新に就く。だが、白雪と思い消ゆ。
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# by otajcpitabashi | 2010-05-12 14:55 | 政治一般

「未来は私たちの手のなかに」

d0045422_15422914.jpg表題の言葉は、4月25日、読谷村での9万人の大集会で普天間高校の代表二人が、声をそろえて、日本国民すべての人に届くことを願って放たれた。「世界で最も危険な基地」は他国への侵略部隊であって、日本国民を守るためにあるのではない。だから野蛮な侵略者が居座る島で、沖縄の人々は命も土地も奪われる苦難のなかにいなければならなかった。
アメリカの侵略戦争を肯定する側に立つのか、その反対か。民主党の閣僚は勝連沖に海兵隊と自衛隊基地を合体させて、大規模な出撃基地にすることを検討しているし、社民党はキャンプ・シュワブを、水陸両用作戦の速度を向上させる拠点として提供するという。
戦争か平和か。あなた方は「いったいどっちの人間なのだ」。
映画『アバター』は、元海兵隊の大佐が指揮する攻撃にたいして、主人公は大勢のアバターに向かって激を飛ばす。「彼らの勝手にはさせない、この星はわれわれのものだ」。自然と共生して生きられるこの星を守りたい。そっくり沖縄の現実が重なるようだ。基地をなくせの大いなる声は、他者への暴力に抗する声でもある。
デリダ(1930~2004)は、責任の要求を極度に先鋭化した。たとえば、高橋哲哉によると、「いまこの瞬間にも、世界中で多くの人々が飢餓、戦争、病気、貧困などで死んでいくのを知っているし、それどころか、さしたる時間もかからずに駆けつけることのできる街々に、社会の助けを必要とする人々がいることを知っている。それなのになぜ私はこんなことをしているのか?」(『デリダ』)。肝心なことは、「誰が誰のために犠牲にされているのか?」をはっきりさせることである。そうすれば、確かに未来は私たちの手のなかに、ある。
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# by otajcpitabashi | 2010-04-26 18:29 | 政治一般

愛のお値段

アクサ生命が、25歳から44歳までの働く独身女性にアンケート調査をした。この調査によると、96.8%が「将来に不安」をかかえており、人生の危機を上位から「収入減、失業」「老後の生活」「親の死や介護」と続く。男性に頼ろうとする意識は低く、したがって、「高収入」「高学歴」「高身長」の“三高”は影をひそめた。かわりに男性に求めるのは。「価値観」が同じであって、「金銭感覚」がしっかりしており、「雇用形態が安定」しているという“3K”なのだそうだ。
賃金が上がらず、雇用の不安定さが身近にあり、高学歴と高収入は必ずしも結びついていない。ましてや身長が高い・・・だからどうだというのだ、ということですかね。結婚相手の理想の年収は、実際の男性の平均年収とほぼ同じで、平均552万2千円。しかしこれも、かくあれかしという願いのようです。「愛する人に求める年収」は平均で270万5千円となっており、自分と夫の収入とあわせてつつましく暮らす、ということが願いなのでしょうか。しかし、それでは社会に希望がない。富は一部に偏在しており、その富を守るためにさらに増税されて、資本の都合のいい労働形態に甘んじて、分相応に生きろという社会。それは「将来に不安」を前提とした結婚観になるしかない。そういう社会を否定すること。それは不安社会を続けていくことに痛痒を感じない政治と、対決することでもあります。
それにしても、理想の年収から実際に求める年収を引いて、552万2千円-270万5千円=281万7千円が愛のお値段なのだそうだ。
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# by otajcpitabashi | 2010-04-22 16:21 | 地域・社会

「でっちあげ」の伝統

休みの日に、職場と関係のないところで政党のチラシを配って、国家公務員違反に問われた事件は逆転無罪となった。犯罪に仕立て上げるため、たった一人に10人以上の警察官を動員し尾行までした事件である。これでは治安維持法下の日本とたいして変わらないではないか。1925年から1945年の20年間で、治安維持法によって約10万人が逮捕されたという。送検75,681人、虐殺80人以上、拷問・虐待による獄死600人余。国家賠償は無い。
 治安維持法国家賠償同盟の資料によると、全国の地方議会で国家賠償を求める意見書は、356地方議会から出されている。もっとも多いのは秋田県の69議会、鳥取県29、和歌山県28、新潟県・岡山県27、長野県26、高知県18、福島県17、北海道16と続く。
 国家賠償は、戦争責任と分かちがたい。己の絶対的権力を守るために言語に絶する弾圧をした責任は誰が取るのか。国家として賠償することは天皇の戦争責任と暗黒政治を公式に認めることである。国会議員の過半は曖昧にしたいと思い、少半は「悪法も法なり」は人権尊重という人類的評価に耐えられないと考える。
 横浜事件は、特高のでっちあげた自白のみを唯一の証拠とした治安維持法犠牲者の裁判で、原告はすでに故人である。犠牲者の高齢化がすすんでいる。曖昧にし続けることは歴史の偽造につながることを肝に銘じるべきだと思う。
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# by otajcpitabashi | 2010-04-13 15:12 | 政治一般

桜にも春

寒(こご)えた桜がようやく春をむかえて、樹は新緑の準備をする。仰角いっぱいに見上げると花びらの隙間に青空がみえる。夜な夜なの寒さは去り、群れて陣をつくる鳥々は夕暮れの彼方につらなる。
意識が生活を規定するのではなく、生活が意識を規定するのであれば、生活のあり方で見る桜も異なるだろう。これほどに生活に不安を押しつけた政治からの転換は可能だろうか。アメリカに従属して、「構造改革」と超低金利・量的金融緩和政策の挙句が現在だから、転換をはかるなら、従属関係を断ち切ることが先決問題となる。が、金融政策でも普天間基地移設でも民主党もまた、従属の根は深い。巨額の財政赤字、医療制度の貧困、年金制度の不備、低賃金の恒常化、奪われる若者の夢。それは従属と追随が生んだ社会崩壊をはらんだ危機を、私たちは迎えているという事実を現している。日本に住む人々は、憲法9条と25条をもっている。目指すべき社会はとうの昔に示されていたはずだった。これに背を向け遠ざかるごとに不安が広がった。
d0045422_19263414.gif全国で上映されている『いのちの山河~日本の青空Ⅱ』は、旧栄村の深沢村長が乳児と高齢者の命を守るために医療費の無料化を、全国で初めて実現した映画で、憲法25条の実現を無料化の拠りどころとする。この映画に主人公の父親役で出演した加藤剛さんのインタビュー記事を読む機会があった。加藤さんはテレビ番組の『人間の条件』に出演し、放送回数が22回に進んだ時、原作者の五味川純平さんから手紙をもらった。「夕べの梶はすばらしい出来でした。私は、敗残兵であり山賊として大陸にいた18年前の夏から冬を思い出して感慨無量でした。原作者が自分の分身に巡り会うことはおそらくほとんどないと言ってもいいでしょう。一人の男の姿をようやく発見しました」
加藤さんは、叫びだしたい思いで、泣いたそうです。そして続けて「この役に出合うまで私は、あるものに対して強く反対することなどあまりない男だったのですが、演じるうちに、不正なもの、理不尽なものに対して“ノー”と言う、自分の良心、正義を貫いて生きていくことの大切さを教わりました。地球上に戦争という不条理がある以上、その戦争の正体、真の姿を追求していくことが、俳優の仕事の基本ではないかと思うようになりました。」
芸術のもっとも重要なテーマは人間であって、人間が取り込まれようとする恐ろしい現実、怖さから、どんな生き生きとした未来が可能なのかを勇気をもって生み出すものだ、と私は思う。桜はあとどのくらい咲いているだろう。
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# by otajcpitabashi | 2010-04-08 19:27 | 文化・芸術

地球の重さ

展覧会の案内書をいただいて小野絵里さんという画家を、初めて知った。辻井喬さんの「小野絵里の絵について」という小文が添えられている。そこに「彼女の体内に、絵画的なコスミックな世界が形成されて」おり「見るもの者を捕らえ、感動させる」こと、その「ポエジーの存在感が、時間が経つにつれて重量を感じさせるようになったところに、彼女の絵画制作者としての目覚しい進歩があったのではないか。」・・・そして、「世界を認識するための思想が間違いなく感性に根ざしている」と添える。
 本人は語る(2004年)。「私は宇宙のリズムの中にいる。生と死があり、創造と破壊があり、夏至や冬至や四季があり、私は天体の動きとともにキャンバスに向かう。ところが、「美しい星」であるべきこの地球上には、人類史上最も暴力が蔓延するようになった。戦争狂達は正義の名のもとに大量殺戮を繰り返している。私は動物実験や種差別をも含むありとあらゆる暴力を否定する。私は祈る。傲り昂った人間の犠牲となった自然や動物達へ、又湾岸の罪なき子供達へ、レクイエムの意を込めて《音楽の星》を描き、再生の願いを込めて《渦巻きの星》を描く。私は想う。森羅万象の奏でる宇宙図を、救済の「箱舟」を、生命あるものすべてが内包された「至聖所」を。」
 絵画にあまり縁のない私には、その抽象画の前では作者の制作意図に導かれるしかない。重量を感じるのは私にはポエジーではなかった。「美しい星」で起きている戦争を含めた暴力の重さのようなもの、地球に生きて犠牲になった命、その重さに耐えているような、そんなものであった。地球から暴力を無くしたい願いを描こうとすれば、具象画では無理なのかもしれないと「ゲルニカ」を思い浮かべる。その他ではない気がする。絵画展は4月18日まで開かれている。
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# by otajcpitabashi | 2010-04-07 19:24 | 文化・芸術

「胡言」(でたらめ)

京都府立大学の林香奈さんの話によると、最近、駅やスーパーで「トイレットペーパーを持ち帰らないでください」との張り紙が増えたようで、勤務する大学でも「紙を持ち帰らないでください。後の人が困ります。」を見かけ、どうも字面が気になりよく見ると「後の人が固まります。」だったとか。・・・
 それで私も周囲の人に聞いてみると、よく見かけるようになったという。「固まります」という字面ではもちろんないが。・・・「固まります」は文意としては結構伝わるのが日本語のおもしろさだが、それよりもこうしたことが悪戯ではなく、生活苦に根ざす状況となれば事態は深刻だと思う。生活苦の広がりは尋常ではない。つい最近も中堅どころの光学関係の会社が、突然と破産申請を行い労働者の全員解雇を宣言した。「親会社・会社は万が一、会社倒産・清算などの状態に至った場合、優先して労働債権の保全措置を優先して行う」という協定書は一方的に無視された。その支援集会に参加する機会があって思うのは、かくも経営者のモラル・ハザードが危機的な状況にあるということであった。政治の世界でも公約やぶりが公然と行われ、大新聞もそれを問題にしない。後期高齢者医療制度も制度の是非が論じらせず、制度の歪みを拡大することが「改善」であるのであれば、「行いと止(ふるまい)とは千万に端(わか)れ、是非とを誰が知る。」という言葉どおりであろう。政治家の類をもって集まる離合集散も、中国風で「胡言」ぶりを示す、と言えようか。
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# by otajcpitabashi | 2010-04-06 19:36 | 政治一般

混淆にして・・・

環境省の平成16年9月全国2万件の温泉実態調査(6割を超える回答)によると、加水32.5%(表示16.1%)、加温51.4%(表示19.2%)、循環濾過50.4%(表示16.0%)という結果だった。最近、日帰り温泉が都市部にも増えているが、みな循環濾過式なのにきちんとした表示を見た記憶が無い。循環濾過式の場合、湯船の完全換水(お湯を抜く)は厚生労働省の基準では一週間に一回以上定期的すればよく、湯量不足の解消と清掃人件費の節約に大きく寄与する。だが利用する側からすると甚だ情報公開不足ではないか。『温泉論』を書いてくれた保田芳昭さん(故人)によると、実際に入る湯船の温泉が何倍の水で薄められているか。温泉分析書と実際に入る湯船 循環濾過式では4分の1から10分の1になっている施設もあるという。注水「水増し」の有無と注水量は決定的なのに知らせようとしない。環境省は事業者に対して以下の項目の提示を求めている。
Ø温泉に水を加えて利用する場合は、その旨及びその理由
Ø温泉を加温して利用する場合は、その旨及びその理由
Ø循環濾過して利用する場合は、その旨及びその理由
Ø温泉に入浴剤を添加し、又は温泉を消毒して利用する場合は、添加した物質の名称又は実施した消毒方法及びその理由
 都市部では源泉かけ流しをのぞむべきもないから、保田さんが主張したように、せめて利用者の立場にたった情報の公開をきちんとすべきだ。最近、たまに行く日帰り温泉施設も例外ではないが、とくに気に入っているのは、炭酸湯。豊富な炭酸の湯につかると身体中にびっしりと気泡が満たされる。効能のオンパレードを見ながら入浴していると、効いてるなぁ・・・と思うものだ。要するにごちゃごちゃに入り混じった混淆(こんこう)状態で湯に浸かっている。
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# by otajcpitabashi | 2010-02-17 19:10 | 出来事

「最小の効果」たる政治

『始まっている未来』(宇沢弘文、内橋克人、岩波書店)で、「最小の費用で最大の効果」という言葉を「冷徹な合理主義」と表現されている。この言葉はいまや地方自治体財政のスローガンだが、この言葉の歴史には「戦時下でも平時でも、そして人間の生命も生存条件も、決して例外とはしない」という事実がある。油脂に水素を加えたナパーム焼夷弾は神戸に落とされた。火を消そうと水をかけると火に油をそそぐようになる。バケツリレーの必死の消火活動は、被害を拡大したことになる。ユタ州で親日家の建築家が日本家屋を再現して周到に準備をしたという。最小の費用で最大の効果とはいかに効率的に人を殺せるかということだった。効率よく焦土とし、最大に人を殺戮した作戦の責任者は、戦後、航空自衛隊の育成に貢献したということで勲一等旭日大綬章をもらったという。本に「もらう方も、もうらう方だが、やる方もやる方だ」と。・・・平時のいま、「最小の費用で最大の効果」を狙うは後期高齢者医療制度と著者は語っている。
結局「最大の効果」とは何かということであって、人間の命、社会を破壊することを目的としてはならない。一発の原爆を落とすことを最小の費用といってはならない。それにしても、空港や道路、戦車に戦闘機などいかに、最大の費用で最小の効果に溢れた政治が続いているか。これを首肯する政治家の使うスローガンが「最小の費用で最大の効果」とは、私には思慮の外にある。
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# by otajcpitabashi | 2010-02-16 19:52 | 読書

なぜ値上げ?

民主党政権が「後期高齢者医療制度」の廃止を先延ばしにしているうちに、2010年度からの保険料が上げられようとしている。2年を一つの期としているからだ。つまり2年分の医療費で保険料が決まる。
 後期高齢者医療制度に必要なお金は、75歳以上の方が病院で支払う窓口負担を除いたお金を、公費(5割)、75歳以上の方(1割)、働く世代の40%の方(4割)で賄う。東京都広域連合の場合、公費の内訳は国:東京都:区市町村で4(33.3%):1(8.3%):1(8.3%)だけれども、国は当初予算で24.9%、二次補正予算で25.9%でしかない。
 2008年度の当初予算は8416億円で、それを一次、二次の補正予算で実際に合せて修正するが、その結果予算は542億円減って7879億円になった。特別会計決算でみても、収入は7875億円、支出は7657億円で、差し引き218億円余った。218億円のうち、214億円が保険料給付分となっている。黒字なんだねぇ。
 でもって、広域連合が取りすぎたお金542億円のほとんどは、国、東京都、区市町村、支払基金交付金に返金されるが、保険料を払っている40歳以上の出した分はどうして戻してくれないの。保険料もさがらないし・・・。つづく。
 東京都広域連合は、保険料を値上げしないためには105億円の財源が必要といっております。だから値上げはやむしなってか。
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# by otajcpitabashi | 2010-02-02 20:16 | 政治一般

月の半弓をわたる

 2008年に南米エクアドルの憲法が改正され、憲法第15条において、第2項 国際的対立や紛争の平和解決を支持し、その解決のための威嚇または武力行使を認めない、第3項 他国の内政干渉および、武力侵攻、侵略、占領または経済封鎖や軍事封鎖などいかなる形態の干渉も糾弾する、第4項 平和を促進する、と定められた。また、憲法第5条では、エクアドルは平和の領土である。外国軍事基地および軍事目的の外国施設の設置は認められない。国内の軍事基地を外国軍隊または外国の安全保障の軍隊に譲渡することを禁止する、と改正した。それは、エクアドルが国の将来を新自由主義から転換して、医療や教育の無償化をめざすことと分かちがたく結びついている。日本はといえば、来年は日米安保改定50周年を迎える。憲法9条のもとで軍事的解決に積極的に協力し、外国の軍事基地の存続に政治生命をかけようという政治家が圧倒的に多いのはどういう理由からか。米軍再編は、アメリカによって「同盟国」の安全が保たれているのではないことを明らかにしたのに、日本の政治家の多くは、地方議員も含めてどうして「抑止力」という言葉に弱いのか。アメリカは「抑止力」のために、1000億ドル以上の金をかけて外国に軍事基地を置いているわけではない。フィリピンでは1992年に米軍基地が撤去を余儀なくされたが、現在はフィリピン軍との共同演習を毎年行い、アメリカの軍事的支配は強化されたという。NATOは、民間人を兵力の一部に組み込もうとしている。アメリカが求めているのは、抑止ではなく、軍事的覇権でしかない。軍事的覇権に対抗する唯一は、日本の憲法やエクアドルの憲法に宣言されている。武力で平和が得られると考えている人間はこの地球上では、圧倒的少数派に違いない。湾曲した海辺を歩く宋の蘇軾は、月の半弓をわたると詠んだ。現実に月の半弓を歩くのは夢物語だが、想像力では現実となる。世界の人々は想像する。少しづつではあるけれど、必ず武力によらない平和が来る。月は私たちが見上げた空にたしかにある。
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# by otajcpitabashi | 2010-01-29 19:52 | 平和

この悲鳴が聞こえるか

今年も全日本学生自治会総連合の「全国学生アンケート2009」を見る。「学費を負担に感じる」の具体的内容は、「親や親戚に苦労をかけていてつらい」56%、「服などを極力買わない」42%、「食費を削る」40%。「学費・雇用黒書2008」で、「高い学費で困っていることはありませんか。あなたの学生生活を教えてください」には、47ページにぎっしり書かれた学生の悲鳴がある。朝食は基本的にとらず、週に55時間バイトして試験期間は0時に帰宅して勉強する毎日、終電車がない勤務日は夜道を歩きながら不安と悲しさに沈む。この女子学生はこのアンケートの最後に「父親がわりの伯父も今年の1月に急逝してしまい、もう私には、先立つものも頼れる人もいない。生前恨んだ父が、やっぱり生きていてほしかったと思う日々です。」と書いた。
 「朝めしなし、昼たまになし、夜500円まで」「水道代が払えません!電気が止まって温かい風呂に入れません」「「気合でガンバれば食費は月1万円で収まる。が、光熱費はあまり削れない」「昨日水道止められました」「苦しい、苦しい。助けて・・・今バイトをやっているのですが、勉強できません。単位も落としそうです。学費が下がれば、生活もだいぶラクになります。助けて・・・」・・・延々と続く学生の悲鳴。
 世界一高い学費と世界最低の奨学金制度のもとで、苦しみもがいている若者たち。若者が学費をつくるために身も心もボロボロなっている。すべての国民は「経済的地位」によって教育上差別されてはならない、のではなかったのか。教育は「受益者負担」で個人の利益に還元すると考えるのは日本ぐらいのもので、世界中から孤立している。学費が無償であるかないかは、その国の成り立っているその様を示す。教育は人権であり、だからこそ社会に還元される。民主党政府は高校教育の授業料を「実質」無償化することを決めた。正確には授業料相当分を公立には助成し、私立には負担軽減する、しかし家庭の負担は残る。つまり、高校教育の無償化への方向はあるが、人権を根拠とする無償化に至ってはいない。義務教育では授業料、教科書の負担はないが、教材や給食費、修学旅行費など保護者の負担がある。ここにも「受益者負担」を頑として押し付けて当然という考えがある。教育とはなにか。その原点から出発すべきであってそのことは、何よりも切実な教育要求を実現しようとする意思に支えられる。
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# by otajcpitabashi | 2010-01-21 19:47 | 政治一般

「10年後」

東京都は「10年後の東京計画」を2006年に作って、2016年の東京図を描いて見せた。2007年度から3ヵ年ごとの実行プログラムを毎年改定している。今年1月には「実行プログラム2010」が発表されている。2016年の東京はこんな風にしたい!という目標を8っ掲げた。面倒だけど列記しよう。1.水と緑の回廊で囲まれた、美しいまち東京都を復活させる、2.三環状道路により東京が生まれ変わる。3.世界で最も環境負荷の少ない都市を実現する、4.災害に強い都市をつくり、首都東京の信用を高める、5.世界に先駆けて超高齢社会の都市モデルを創造する、6.都市の魅力や産業力で東京のプレゼンスを確立する、7.意欲ある誰もがチャレンジできる社会を創出する、8.スポーツを通じて次代を担う子供たちに夢を与える。
 8っの目標の中心は2番の三環状道路をつくることにある。「実行プログラム2010」事業費は合計すると1兆9200億円で、その内の40.9%、7850億円が三環状道路に当てられる。その他は現実離れしている。環境負荷を上げる道路を作るより公共交通の充実が大事だし、超高齢社会の都市モデルって何?高齢者の多くが医療、介護、負担の重さに苦しんでいるというのにどんなモデルか。災害に強い都市をつくって都民の安全を守るのではないのか。オリンピックは予想通り駄目になったし、貧困と格差の克服する社会の方が望まれているのではないのか。今から6年後、8っの目標が達成された妄想を見る。大型の利権は成就されたが、そこは人間的な温かな思いやりや、それをやさしく支える街では、いっそうなかった。それにしても政治とは、社会正義を実現するために、そのためにもあったのではないのだろうか。
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# by otajcpitabashi | 2010-01-20 20:03 | 政治一般

夫は妻より長生きするべからず

前文では途中から脱線して横道に入ってしまった。それたついでに妻の同意なくして戦争ができないとなれば、まず若者はこぞって結婚する。そうすると戦争に行かされるのは少年と妻を失ったやもめ、それも高齢の方が多い。現在、世界の兵隊にしめる少年兵は国際法で禁止されているのに30万人ともいわれる。しかし、「働き盛り」の若者が戦争に行っていないのに、子どもを強制的に兵隊にするわけにはいかない。だから必然的に高齢者の兵隊ばかりになる。たぶん膝とかが痛いのでサプリメントは必需品だろうし、老眼なので細かい字や計器を読むには苦労がいる。世界中の前線で高齢者が息切れしながら、あぁ腰が痛いなんていいながらいる。進めぇ!と長老の兵士が号令をかけられると、どっこいしょなんて言って立ち上がる。ちょっと痴呆がある人もいたりして、敵ってなに?
 夫として妻に先立たれるほど辛いことはない。妻には長生きをしてもらいたい。そうすれば戦争にかりだされることもない。夫は妻より永く生きるべからず。そうすれば戦争する兵士はいない。とりあえず自衛隊員は妻の同意がなければ派兵させることができない、そういう法律をつくってはどうか。それができないなら、平和憲法を守るしかない。話は逆ですね。
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# by otajcpitabashi | 2010-01-19 13:57 | 平和

月は見えるか。

月は見えるか。この寒空に見上げる月も明日に希望がなければ、荒涼とした蒼き光が身を包む。W・H・オーデン『Septemer 1,1939』は、ナチス・ヒトラーのポーランド侵略ときのもの。その「卑劣なごまかしの10年の 口先だけの希望が死に絶える」の一節はふと構造改革の10年を連想させた。民主党政権は金権でも財界に対してもアメリカに対しても、前政権と変わらないのであれば、希望は息を吹き返すことができるのだろうか。高校の授業料を無償化するというのであれば、小中学生、大学生すべての教育費の完全な無償化に踏み出す一歩とすべきなのだ。財源?大企業・大金持ちへの減税バラマキは年間7兆円もある。日本中の大学生の学費を3兆円あればゼロにすることができる。「学生は社会全体の財産」と思うなら、大株主の配当金や大企業の役員報酬が減っても構うものではない、と考える方が優先されるべきだ。何が優先されるべきか、それは優先される根拠が明快にされるべきで、高速道路無料化と後期高齢者医療制度の廃止では命に係る方を優先する根拠とする。13世紀に「神学大全」を書いたトマス・アクィナスは、「結婚した男の第一の義務は、妻のためを考えることであって、あらゆる他の義務に優先する」としたという。神の前の誓いはすべてに優先されるから、兵隊として戦地に行くにも妻の同意がいる。戦争するのも妻の同意がいるなんていいじゃないか。世の中の戦争を無くすにはこの方法がいいのかもしれない。17世紀のデカルトが「われ思う、ゆえにわれ在り」と言い出すまえまで、トマス・アクィナスの「われ在り、ゆえにわれ思う」こそ神学の最高峰の理論であった。たとえその根拠が神であっても。・・・
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# by otajcpitabashi | 2010-01-18 17:29 | 政治一般